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平成18年1月3日
事例報告


住民自治を目指して
〜第34区ホワイトタウン自治会の試み〜


中 道 育 夫
(多治見市議会議員)


はじめに

多治見市第34区ホワイトタウン自治会(以下、区自治会という)は、2,005年1月現在、19町内会、2,360世帯、約8,300人が居住する新興住宅団地の地域自治組織である。住民の約9割は名古屋圏に通勤するサラリーマンで、経済の高度成長期に子育てに適した一戸建てを求めて多治見市に移り住んできた、所謂「よそ者」である。
当初の区自治会は、「よそ者」同士が親睦を深めたいという動機と、行政の下請け機関としての位置付けで運営されていた(第1期:町内会としての機能)。しかし団地内の中学校通学区域を分断する決定を契機に、民意が十分反映されていなかった区自治会運営を民主化する改革が行なわれた(第2期:自治会としての機能)。その後、宅地分譲開始後21年目に団地開発業者が解散したことを機会に、社会情勢の変化に対応するため、区自治会を再構築する必要が生じてきた(第3期:近隣自治政府構想を含む機能)。
現在は第3期が進行中で、地方分権と少子高齢化社会の到来に備え、住民がいつまでも住み続けられるような団地を目指し、その活動拠点として住民同士が支えあう「ふれあいセンターわきのしま(以下、センターという)」を設立した段階である。その目的は地方分権時代の「近接及び補完性の原理」に基づき、多治見市行政と地域自治組織との役割分担を考慮しつつ、区自治会が推進力となって自立可能な地域(近隣自治政府)を構築することである。いまセンターは有志12名の運営委員が様々な実践を通じて試行錯誤を行っているところである。
 本稿では、団地の特性にふれ、区自治会の機能の変遷を総括し、住民自治を目指した当団地住民の試みを報告し、区自治会の今後の課題と地域自治組織に対する行政の課題をも明らかにしてみたい。

1 区自治会機能の変遷
1.1 第1期:町内会としての機能(1,981年〜1,992年)
1)住宅団地の概要
ホワイトタウンと呼称される住宅団地は、1,971年、(株)地上社が岐阜県下初の大型住宅団地を開発するため、多治見駅から約5キロメートル離れた丘陵地に面積120ヘクタールの用地買収を行い‘77年に開発が認可された。その後、建設工事が行われて‘81年に戸建住宅の分譲を開始し、約20年間にわたって逐次入居者が増加し、前述のような世帯数と人口になった。しかし‘03年の(株)地上社の解散と地形的な制約条件により、今後宅地造成の見込みはなく、将来的に団地人口の社会的増加は期待できない。
アドバイザーの建築家・黒川紀章氏の団地設計理念は次の通りである。公共スペースは開発総面積の50%を確保する。区画整理と道路設計は、不審者が入り難くすると共に車の速度が速くならないように、袋小路、T字路、曲線道路を恣意的に多用する。また子供を安全に育てるために、団地内の2箇所の幼稚園や小学校と中学校を建設し、31箇所の児童遊園と中央に都市公園を設置する。さらに社会資本として、6箇所の集会所、公民館、給排水施設、汚水処理施設、及びガス供給施設をまとめて設置する。そして、これら開発に伴う樹木の伐採を可能な限り修復するために、団地造成後は約3万本を植樹して自然を積極的に取り入れる。
このように団地は、核家族の働き手である夫が名古屋で就労し、妻が安全に子育てを行なえるよう快適な住環境を供給するという理念のもとに設計され、これまでその機能を十二分に発揮してきた。しかし分譲開始から24年が経過した現在、予期し得なかった様々な問題が浮上している。例えば、子育てを終えた定年退職後の初老夫婦が終の棲家として暮らすには、ハードとソフトの両面で社会資本の不備不足が顕著になってきた。まずハード面では、団地は坂道や階段が多く住宅もバリアーの多い構造となっており、他地区への移動も車がないと大変不自由である。次にソフト面では、成長し独立した子供が地元での雇用不足から定住できないために、若年層の増加が見込めず世代交代の循環が不全となり、人口の減少が始まった。こうした社会情勢の変化は団地商店街の衰退や医療機関の撤退を招き、将来は公共交通機関にも影響を及ぼすものと懸念されている。こうした様々な事柄は住民が将来も団地に住み続けることへの大きな不安材料となっている。
2)区自治会の概要
団地に入居すると同時に、住民は町内会への加入勧誘と団地管理組合への強制加入を義務付けられる。町内会への加入率は住宅を借家や別荘等に使用している人なども含めて約99%で、町内会に加入すると同時に区自治会にも加入するという仕組みになっている。
住民たちは全国から移り住んだ「よそ者」が多いため、隣近所同士で親睦を深めたいという素朴な欲求があり、町内会への加入に抵抗感はなかった。また、市からの要請もあって、いくつかの町内会を統合して、区自治会を設立した。
当時の区自治会の活動は住民の要望に基づき、バレーボール大会(約280人参加、参加者数は今年のもの、以下同様)、盆踊り(約1,000人参加)、敬老会(約150人出席)、運動会(約1,000人参加)などの親睦を目的とした行事が中心であった。これらの行事は、町内会費(一世帯月額400〜500円)のうち区自治会へ上納される100円と、行事ごとに徴収される分担金(一世帯年間700円)、及び市から交付される年間約140万円(青少年育成交付金、敬老会助成金、広報配布等市政協力業務委託費等)などで運営されていた。現在の年間運営費用は合計約600万円である。
一方、区自治会には行政の下部組織という位置付けがされており、区長を通じて行政情報の伝達と市広報の配布という任務が課せられていた。加えて区長には、住民からの要望の窓口としての役割も担わされていた。このように、行政の末端組織である地区長としての役割と、住民の代表である自治会長という相異なる役割と立場を兼務させられていた。このことが後の通学区域変更の際、区長が行政側の立場に立つのか、それとも住民側の立場に立つのか、の決断を鈍らせる原因にもなった。
3)団地管理組合の概要
他方、団地には開発業者と行政との協定により、入居時から住民が維持管理して行かなければならない施設があった。汚水処理場(年間の管理費約3,800万円)、難視聴区域対策用共聴アンテナ(同管理費約250万円)、児童遊園等植栽(同剪定費約400万円)、6箇所の集会所(同管理費約120万円)、防犯灯(同管理費約350万円)などである。住民はこれらを維持管理するために管理組合を結成して理事長を選出すると共に、地区内の全ての世帯に対し入居時の加入を義務付けた。各世帯から管理費として月額3,000円と、これらの施設が地震等の災害によって倒壊した場合を想定して、入居時に改築用分担金として1区画に対し15万円を徴収した。これらの施設の維持管理費は年間合計約5,300万円にのぼる。ちなみに、現在管理組合への加入率は100%である。
 このように1つの団地の中に、行政の下部組織としての機能を持つ地区長、親睦団体としての機能を持つ自治会長、そして生活関連施設の維持管理を目的とした管理組合の理事長が混在する状況が生まれた。これらの長と役員は、初期に入居した有力な住民によって役割分担、または兼務されていた。
4)区自治会の運営方法
 運営は原則毎月行われる町内会長会議と役員会の合議制によって行われてた。町内会は原則100世帯を最小単位として構成されており、町内会長は10世帯につき毎年各世帯の輪番で回ってくる班長同士の互選により選出された。また、2〜3の町内会を統合して1つの台を結成した。区自治会の役員は台のいずれかの町内会から副区長と管理組合の管理委員を選出するが、定数がなく兼務する役員も多かった。区長は原則立候補制だが、前年度役員の中から選出されることが多く、また管理組合の理事長を兼務することもあった。
任意加入の自治会会則と強制加入の管理組合規約は別途作成されてはいたが、両者の組織原則が曖昧なまま、区自治会はその都度の状況に応じた組織運営を行っていた。役員同士の主導権争いはあったが、それでも住民に大きなトラブルがなかったのは、両組織の対象となる住民がほぼ同一であること、また自治会が親睦行事に専念していたこと、そして管理組合は実質上開発業者が運営していたなどが要因として考えられる。

1.2 第2期:自治会としての機能(1,992年〜2,002年)
1)区自治会改革の契機
 1,990年3月、多治見市教育委員会は中学校通学区域の変更を区自治会の住民に提案した。当時団地内の脇之島小学校の学童は、卒業後に全員が隣接する南ヶ丘中学校に通学していたが、教育委員会によれば、3年後に南ヶ丘中学校は生徒数1,200名の岐阜県下でも最も生徒数の多いマンモス校になるため、小学校卒業生の半数を隣接する平和中学校へ通学区域を変更したいという内容であった。この提案に対し住民から猛烈な反対運動が起きた。
反対の理由は次の通りである。@団地開発時に、開発業者には市から中学校用地を確保することが義務付けられており、業者の住宅販売用パンフレットにも明記されている。また入居時に、住民は団地内に新しい中学校が建設されるとの説明を受けている。予定通りに中学校が建設されないのなら、住民の不動産資産価値が低下する。A南ヶ丘中学校が超マンモス校になって平和中学校が300人程度の小規模校になることは、団地開発時に想定できたことであり教育委員会の予測ミスではないか。その責任を問わず、ミスを住民や児童の犠牲で解消とするのは納得できない。B団地内の脇之島小学校で友達なった学童が、中学校で別の学校に通学させるのは忍びない。また、従来の南ヶ丘中学校に通学する保護者と、新たに平和中学校に通学するようになった保護者の間で対立構造を作る。C平和中学校へ通学するためには、その途中で2つの墓地を通過しなければならない。冬季は夕方5時に暗くなるため、女子生徒をクラブ活動等で遅く帰宅させるには防犯上危険が大きすぎる、などである。
この問題を解消するために、区自治会は「南中問題対策委員会」を設置した。委員会は教育委員会への陳情や住民全体報告会などを行い、最終的な判断を住民投票に委ねた。住民投票は条件付通学区域変更に賛成と反対の二者択一で行われ、反対票が辛うじて過半数を獲得した。このため区自治会は機能不全に陥り、反対派はさらに団地内で「新設中学を求める署名」活動を開始し、署名者は全住民の66%にも達した。時間の経過と共に、通学区域変更問題は当事者同士では収拾が付かなくなる様相となり、本件を地元の地方紙が一面で大きく取り上げたため、全市的な政治課題へと発展した。
こうした中で、反対者の一部が過去の経緯を克明に調査した結果、既に区自治会役員が通学区域変更を市に内諾していたことが判明した。そこで、反対者の一部は「よそ者が地域エゴによって行政に反旗を翻している」と全市民に受け止められることは、団地住民にとって本意ではなく得策でもないとの判断から、反対運動を条件闘争に切り換える提案を行い、再度住民投票を実施することを提案した。市に要望する条件は、墓地を避けて新しく通学路を新設すること、街路灯を増設し夜でも見通しが利くようにすること、老朽化した中学校校舎を改築することなどを決め、新設中学校を求めて反対運動を継続している団地住民に対しては、過去の経緯から、客観的かつ政治的に判断しても教育委員会の決定が覆ることはあり得ないが、最終的な判断は再度の住民投票結果に従おうと呼びかけた。次節で述べる区長選挙と同時に行われた二度目の住民投票の結果、条件付賛成が多数を占め、市が条件を全て満たすことを約束したため、通学区域変更問題はこの時点で終結した。
2)区自治会の改革
 その後反対者の一部は、区自治会役員が住民に十分諮らず通学区域変更を内諾していたことは民主主義に反すると区長の責任を問い、当時の町内会長を次年度の区長候補者として推薦した。一方、当時の区自治会役員会側も役員の中から区長候補を推薦したため、‘92年2月に多治見市初の区長選挙が実施された。この選挙は通学区域変更推進派と反対派が団地内で全面対決する様相を帯び、同時にそれぞれの台でも両者対決の副区長選挙が行われた。区長選挙ではB4両面の広報が許可され、推進派は区役員会の従来路線を継承しつつ児童館や老人憩いの家などの社会資本の充実を訴えた。反対派は透明性の高いボトムアップの区自治会運営を行うために自治会会則の変更を行い、防犯灯や信号機及び横断歩道などの生活に密着した社会資本を整備すると訴えた。選挙では対立候補を誹謗中傷する怪文書も配布されたため、感情的にも住民を真っ二つに分断したような様相となった。
選挙の結果は、大方の予測に反して反対者の一部が推薦した候補者が推進派候補者を破って当選した。また各台で行われた副区長選挙では、従来の南ヶ丘中学校通学区域では推進派候補が、変更後の平和中学校通学区域では反対派候補が選出されたため、20名の副区長などの役員は推進派と反対派が拮抗する勢力となり、区自治会役員会の運営は非常に難しいものとなった。
 しかし、新区長は「住民のために区自治会の運営を行う」と宣言し、全ての役員に協力を訴えると共に、自治会会則と管理組合規則の改正に着手し、‘92年11月に区自治会の臨時総会を開催して改正案を提案すると公告した。改正の要諦は次の通りである。
@行政が区に対し自治会と管理組合の2つからなる地区窓口を1つにして欲しいと要望したこと、そして地区内の意見を統一し役員総数を削減するために、区自治会と管理組合を統合する。Aただし、会費が月額100円の任意加入の自治会と、管理費が月額3,000円の強制加入の管理組合とでは組織原則が異なるため、区自治会の下に自治部と管理部を設置し両者は原則別会計とするが、共通経費は事業の重要性と経費の額に応じて按分する。B区長は原則立候補制とするが、立候補者がない場合には現役員会が次年度区長を推薦する。他の役員は各台から自治部・副区長又は管理部・管理委員を選出し、それぞれの役割と定数を明確にする。副区長と管理委員のいずれを選出するかは、各台の町内会同士で互選する。C区長は区自治会の代表者兼責任者、役員会は政策立案と執行の機関、各町内会長で構成する町内会長会議は審議機関と位置づける。D役員会は毎月第二土曜日の午後6時から、町内会長会議は毎月第四日曜日の午後5時からの定期開催とし、町内会長会議の議事録を全戸配布して情報を公開する。E自治部の行事は行政からの要望事業と住民の親睦事業に区分け整理し、年間スケジュール表を作成する。F管理部の事業は各施設維持管理費を複数以上の業者に見積もりを依頼し、委託業者を見直しする。G区自治会と住民との入出金、及び業者との入出金は全て団地共同開発業者のJA陶都の口座振替とし、過去の入出金を清算する。Hこれらの事務を行うために、地元バス会社の使用していない切符販売所を借用し、事務員を雇用し、区自治会事務所を午前9時から午後4時まで開所する。事務所の開設と事務員の雇用は、役員会と住民の情報交換の拠点が必要であり、職業を持つボランティア役員の事務処理を補助するものとして不可欠であると判断する。I役員の報酬は年間事務経費として、区長が6万円、副区長が5万円、管理委員が4万円、相談役(地元出身の市議会議員)が2万円とする。会議費は定例会議に各自缶コーヒー1本とし、運動会等の行事が昼食を跨ぐ時は、役員に700円程度の弁当を支給する。
 新役員会はこれらの方針で一致し、事務の整理と会則条文の推敲に約半年を費やした。そして新しい区自治会会則は、11月の臨時総会(各町内会の班長からなる定数約170名の代議員)において、ほぼ全員一致で可決された。その後、自治部行事の精査見直しとマニュアル化、管理部事業の精査見直しと委託業者の選定には約3年を要した。
この間、区長と一部役員は休日の大半を区自治会改革に費やし、定例の役員会は毎回午前0時まで熱心に議論された。そして、その後も区自治会の改革と区長選挙の公約実現は「住民のために」というスローガンの下に継続され続け、区自治会活動は住民に定着すると共に、多治見市行政からも高い評価を受けるに至った。
 現在までの具体的な成果は、ハードとして児童センター建設、郵便局の誘致、都市型ケーブルテレビの誘致、ゲートボール場の建設、中央バス停の改築、公衆トイレの建設、区自治会の掲示板設置、汚水処理場敷地の移管など、ソフトとして区自治会の法人化(地縁団体)、老人会の結成(約230人)、交通安全協会の設立(約15人)、どんど焼きを中心とした青少年育成区民大会(約1,500人参加)の恒例化、中央グランド使用運営委員会設置、集会所の使用規定、行方不明者の捜索規定、他地区に先駆けたごみの23分別収集、消防団の岐阜県操法大会出場支援、団地に近接する次期最終処分場建設計画に対する反対活動と調査・研究を含む検討委員会の設置(計画の発覚8年後、原敷地に処分場形式を変更することとして容認)などである。

1.3 第3期:近隣自治政府構想を含む機能(2,002年〜現在)
1)区自治会改組の契機
‘02年6月、団地開発業者である(株)地上社が、「宅地と住宅の販売事業がほぼ終了したので‘03年6月に会社を解散したい、その際地区内に保有している不動産を売却するが、区自治会の了承を得たい」と通告してきた。丁度その頃地区内では、業者が倒産し団地中央で経営している駐車場が売却され、跡地には高層マンション又は宗教法人の寺院が建設されるという噂が流布していた。そこで、区自治会は住環境を保全するために業者が保有する不動産を購入するか否かを検討せざるを得なくなった。区自治会は不動産購入の可否と利用方法等について住民アンケート調査を実施するなどの検討を行い、最終的には業者が保有する建物(住宅販売所)218平方メートルと、月決め駐車場として経営されている2つの土地(合計約4,000平方メートル)を1億6,500万円で購入する方針を立案し、11月の臨時総会で代議員に審議してもらうことにした。
不動産購入の理由は、(a)団地の第一種低層住宅地という住環境を保全するため(b)車社会の進展で団地内の車が予測以上に増加し、不法駐車が多くなり駐車場を増設する必要が生じたため(c)区自治会預金のペイオフ対策の一環として駐車場経営による不動産活用が有効であると判断したため(d)少子高齢化と地方分権、及び行政の財政難による行政サービスの後退を見越し、新たな住民の需要を供給する活動拠点施設が必要となるため、などである。
不動産購入の資金は、区自治会の特別会計の施設改築用分担金(約4億5,000万円)を充当した。この分担金は主に汚水処理施設を改築するための資金として積み立てたものだが、既に施設改築費は諸物価高騰のために約9億円と予想され、区自治会の手に負えない施設となっていたため、市に移管する要望を続けていた。交渉の結果‘07年には施設を市に移管することになったが、移管により住民の負担は月額約2,000円(月額3,000円の管理費で充当)から、市の下水道料金の適用により月額約3,500円になると予測されている。結果として大きな資金が移動し、住民に新たな負担を強いるという問題を孕んだ議案は臨時総会に諮られたが、ほぼ全員一致の賛成で可決されるに至った。
2)近隣自治政府の構想
不動産購入の理由とした(d)について述べる。区自治会を取り巻く外的条件として次のようなものがあった。@国と自治体の財政難により今後行政サービスの供給は確実に後退する。このため近接及び補完の原理により、住民に最も近い団体が住民の要望する行政サービスを提供する時代が到来し、その団体に事業の委託などの形態で税源を移譲することが予想される。A地方分権により自治体には自己決定自己責任を迫られるが、区自治会も同様であり、今後行政サービス提供機関と地域コミュニティのあり方が変わる。参考文献が示すように、(財)日本都市センターは既に近隣自治政府を構想している。
一方、内的条件としては、B市との約束により‘07年3月末に汚水処理場を移管するため、住民から管理費3,000円のうち汚水処理場維持管理費分の約2,000円が徴収できなくなり、管理部の会則を改正する必要が生じた。移管後の管理部では、都市型ケーブルテレビ、駐車場、防犯灯、集会所、児童遊園等の植栽などの維持管理を行う必要があり、管理費の使途と額の改定が必要となる。C行政サービスの後退や少子高齢化により、住民には新たな要望が生まれ、区自治会はそれらの需要に対処する準備が必要になってきた。新たな需要とは、福祉分野では在宅介護サービス、デイサービス、移送サービス、給食サービス、介護用品貸し出しサービス、宅老所、安心ネット(地域見守り)サービスなど。また、戸建核家族からの新たな需要には、庭木の剪定、花壇の手入れ、不在地主宅地の草刈、住宅のバリアフリー化、ペットの一時預かり、学童保育、現代の寺子屋(地域住民による子育てと教育)、スポーツ等各種団体への指導者・講師の派遣、カルチャーセンター(成人用、高齢者用、女性用、子供用、青年用)の開設、医療・福祉・介護・教育・法律などの相談や研修会の開催、住民情報交換センターの設置、などが想定された。
しかし、以上のような外的・内的条件を考慮しながら、区自治会の会則改正等を含む改組を検討する中で、役員会が共有した基本的な認識は、今後予想されるこれらの新しい需要を、いったい誰が安価に継続的に供給するのか、という難問だった。そこで役員会は、これらの需要を原則として定年退職した前期高齢者や子育てを終了した女性が供給すると仮定し、需要と供給のマッチングをパソコン上で行う事業(所謂コミュニティ・ビジネス)を構想した。それはサービスの供給を原則ボランティア、もしくは有償ボランティア(最低賃金未満の謝礼金)が行い、利用料金はパソコン等の事務所経費と有償ボランティア人件費により決定する。また、専門的な知識や技術が必要なサービスの料金は(社)シルバー人材センターの価格表を参考に決定するというものである。
これらの構想は、現在の区自治会が実質的に(財)日本都市センターが提唱しているB−2タイプ(近隣自治体政府移行型)に到達したものと想定し、今後B−1タイプ(近隣自治政府)への移行を目指したものである。そのイメージは、マニアックな有償ボランティアが区自治会員に様々な住民サービスを供給し、区自治会はその住民サービスを安価かつ継続的に住民に供給することを担保し信用保証する、というものである。

2 現状の課題
2.1 区自治会の課題
 区自治会は‘02年11月の臨時総会で不動産購入と近隣自治政府構想を可決した後、汚水処理施設を移管する‘07年4月までの約4年間を、自治会会則の改正と構想実現の準備期間と設定した。区自治会会則の改定は役員会が担当し、近隣自治政府構想の実現は「ふれあいセンターわきのしま(以下、センターという)」という組織を設置し、住民の有志からなる運営委員会を設立し検討することにした。運営委員会は住民の需要と供給の状況をアンケート調査によって把握し、実現可能な事業から試験的に着手している。また、この構想に対し(社)多治見市社会福祉協議会(以下、社協という)が興味を示し、構想の中に地域社会福祉協議会の機能を持たせたいと提案し、資金的な支援を申し出てくれた。
 現在センターは、「住民同士がさりげなく支えあうシステム」を標語に、区自治会の補助機関として事務所の一隅を借用し、事業立ち上げのためにサービス供給の備品と人件費等の金銭的支援(初年度60万円、徐々に削減予定)を区自治会から受け、社協からは事務員の人件費補助(初年度230万円、徐々に削減し3年後には補助なし)を受けながら、次の事業を展開している。ふれあいサロン等の高齢者支援事業、絵本の読み聞かせや子育て情報提供等の子育て支援事業、福祉・民生・法律・税金等の相談事業、予防医学講座開催事業、市道ごみ拾い等のロードサポーター事業、樹木剪定事業(区自治会からの委託事業を含む)など。センターは基本的に無料のボランティア事業を主体に実施するが、今後は有料の事業を増やし、センターが区自治会や社協の支援がなくても自立できる団体となることを目指している。しかし、センターの運営には以下のような解決すべき基本的な問題が存在する。
1)センターの組織的位置付け
 区自治会は住民から会費を徴収しており、公平にサービスを供給する必要がある。これに対しセンターは、需要と供給の関係でサービスが提供されるため、単年度事業で概観すると、全住民に対し必ずしも公平にサービスを供給しているとは言えない。このため、センターを組織的にも会計的にも区自治会から独立させる必要が生じている。しかし、原則ボランティア活動を旨とした場合、将来的に自立し継続できるだけの事業を展開していくことがはたして可能だろうか、という懸念がある。
2)センターの法的な位置付け
 センターが様々な事業を展開しようとすると法人の資格を取得する必要が出てくる。区自治会から独立して自由な活動を行おうとすればNPO法人が望ましいが、NPO法人はサービスの受益者を限定できない。つまり、区自治会からの金銭的人的支援を受けながら、供給するサービスの受益者を団地内の住民に限定できないという問題が生じる。このため、現在は区自治会の地縁団体(責任者は区長)という法人資格で事業を行っている。つまり、センターは区自治会の補助機関という位置付けとなっている。
3)提供サービスの性格付け
 「ふれあいセンターわきのしま」という名称と、「住民同士がさりげなく支えあうシステム」という標語に示されているように、センターの性格は基本的にボランティアの活動拠点である。しかし、キリスト教圏とは異なりボランティア精神の希薄な日本の社会において、事業を様々な種類に展開し拡充することや継続することは極めて難しい。それは事業に不可欠なマンパワーが時間の経過と共に減少して特定個人に限定されたり、新しい人材の参加によってサービス内容が拡充しなければ、住民の様々な要望に応えられないばかりか、活動家の士気が低下するからである。しかし、センターの事業をコミニティ・ビジネスと割り切ることは、住民にボランティア精神の後退と受け止められ、善意の活動家がセンターから離れてしまうという危惧がある。
4)受益者側意識の課題
 サービスの提供を受ける住民の側には、家庭の事情や個人情報を知られたくない、特に近所の住民には知られたくないという意識がある。また、人間関係の相性なども考慮すると、団地内で個人情報に掛かるサービスの需要と供給の関係が成立し難い状況が予想されている。
5)役員登用の課題
区自治会内の班長、町内会長、管理委員、副区長の任期は原則として1年の輪番制であるが、管理委員と副区長は再任を妨げず、区長は立候補制である。区自治会の運営は区長と再任された5〜6人の副区長及び管理委員が新人役員を補佐し、実質的には留任役員のノウハウと事業マニアルによって機能している。ただし、組織の腐敗を防ぐため、留任役員は運営上自治部と管理部の会計を担当しない。
 区自治会の役割は約8,300人の住民の要望や意見を取り上げて検討し、市やその他の団体と交渉しつつ、住民の合意形成を図って様々な事業を展開することであるが、年間の活動期間中、役員は休日が取れなくなる。最近では役員の負担が大きいということが住民に定着し、積極的に役員になろうという住民が殆どいなくなったことが役員会で問題となっている。また、区自治会の事業が拡充すればするほど内容が複雑多岐になって、ノウハウを持った役員経験者が必要になる。このため、役員任期を2年とすることも審議したが、現在は役員任期を1年と限定しているから、一時家族を犠牲にしても務められるのであって、複数年以上の役員は到底務まらないだろうという意見が多数を占めた。
 役員任期を1年とした輪番制では、新人の登用により新しい発想や区自治会理念の流布や住民への浸透が期待できるが、反面、事業の継続性や効率的な運営は難しくなる。一方、役員を全て立候補制にした場合、特権意識が働いて「住民のために」という理念が劣化し、区自治会活動が停滞したり組織が腐敗する恐れがある。
 現在区自治会は、町内会の自治を尊重しその運営には介入していない。役員会の方針は町内会長会議で伝えられ、町内会長は町内の班長会議で役員会の方針を伝達する。そして、その場で出された住民からの要望を町内会長会議で役員会に伝える。区自治会事業の殆どは住民の参加と協働なしにはあり得ないが、役員会と住民との情報交換や意見集約の全てが町内会長を通じて行われる。そして、町内会長は殆どの行事に参加するため、その物理的精神的負担が極めて大きい。このため町内会長会議の席上で、町内会長からしばしば区自治会の行事を減少して欲しいという要望が出される。しかし役員会は、少子高齢化、地方分権、自治体の財政難など、住民が置かれている将来を想定しながら自立可能な近隣自治政府を構築するためには、現状が最小限の事業であるという共通の認識を持っている。ここに、一方では役員の負担軽減を模索しながら、他方では事業の拡充を図らなければならない現実がある。これをどのように整合させるのかは、地域自治組織の今後の大きな課題となっている。

2.2 行政の課題
1)住民自治の課題
 地方自治の本旨は団体自治と住民自治からなる。2,000年の地方分権一括法により、団体自治の改革は進展したが、住民自治はまだあるべき姿すら見えないという状況がある。私は住民自治が地域自治組織の活動(以下、自治会活動という)と、福祉や環境などの分野での専門性が高いボランティアによる活動(以下、NPO活動という)の2つの活動からなると考えている。これらの市民活動は自治会活動が地域に根ざした縦糸ならば、NPO活動は専門性を生かして地域を横断する横糸に相当する。この市民活動の縦糸と横糸を紡ぎ、地方分権下の少子高齢化社会でも自立可能な近隣自治政府を構築するためには、次のような条件が必要である。@住民が覚醒するように現状の認識と将来の夢を提示し続ける、A雇用と報酬で住民の動機を高揚する、B自治会活動とNPO活動が自然に発生するような大きな人口で近隣自治政府の規模を決定し、住民自治に必要な情報と道具を提供し続ける、などである。しかし、行政は未だに「住民自治」の定義を行おうともせず、NPO活動へ僅かな支援を行うのみで、ましてや自治会活動には見向きもしていない。
2)自治会活動の課題
 現在、多くの町内会や自治会などの活動は、戦時中の隣保班活動の反動やアメリカのGHQ指示の名残から脱却できず、慶弔事や親睦会以上の機能を果たしていない。そして、現在の町内会長や自治会長の多くは、その役職を利権の窓口や政治家登竜門の機能として捉えており、ムラ社会のボス支配というイメージや役割を払拭できていない。このため、それぞれの長の価値観は全く千差万別で、地域代表として行政と協働しながらその役割を担おうという意識がなく、地方自治体の限られた経営資源を公平に分配し活用しようという発想もなく、我田引水的な主張が延々と繰り返されている。この責任の多くは行政にあると考えている。行政が今も将来も自治会の活動を不要とするのならば、現状で「良」とせざるを得ない。しかし、住民との協働なくしては住民自治もないという観点に立てば、行政にとって自治会活動の健全化は不可欠である。住民自治を機能させるために、行政が期待する自治会の使命と将来像を示し、早急に支援策を講じる必要があると思う。
 
あとがき
 1,990年12月、私が中学校通学区域変更問題を契機として、区自治会活動に関わってから15年が経過した。当時から現在まで区自治会役員会に参加しているのは、現区長と私の二人だけになってしまった。この間、試行錯誤を繰り返しながらも区自治会崩壊の危機を乗り越え、住民から一定の信頼が得られてきたのは、区自治会に次の利点があったからと考えている。@歴代の役員が「住民のために」という基本理念を理解し協力したこと、A小学校区域に1つの自治組織であったこと、B管理組合を併合しているため、区自治会への加入率がほぼ100%であったこと、C月額3,000円の管理費の一部を、区自治会活動の原資として充当できたこと、などである。
 しかしながら客観的に見て、当団地が今後も自発的に自治会活動やNPO活動が発生するような人口規模や条件にあるとは思えない。また、年齢構成が極めて偏っていることから、自然発生的に世代交代が起こるような状況にもない。そして住民は、日常の生活に追われており区自治会の役員を買って出るような余裕はない。このまま放置すれば、区自治会は早晩崩壊の危機に陥る。団地は高齢者ばかりとなり、車が運転できなくなれば住み続けることも困難となろう。このような傾向は当団地に限らず全国いたるところで発生していることは明らかである。
国及び地方自治体は早急に自治会の使命と将来像を示して政策・施策を立案し、自治会に対する支援策を講じる必要がある。それが住民自治への王道である、と私は考える。

(参考文献)
財団法人日本都市センター、2,002年、「自治的コミュニティの構築と近隣政府の選択―市民と都市自治体との新しい関係構築のあり方に関する調査研究最終報告書―」、財団法人日本都市センター

(コミュニティ政策学会・学会誌・原稿)

 

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